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浦和地方裁判所川越支部 平成9年(ワ)841号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

(甲事件)

被告は、原告に対し、二〇〇万円及びこれに対する平成七年七月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(乙事件)

被告は、原告に対し、二〇〇万円及びこれに対する平成七年七月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、甲事件被告(以下「被告埼玉新聞社」という。)発行の新聞に掲載された記事及び乙事件被告(以下「被告新潮社」という。)発行の週刊誌のコラムに掲載された記事により名誉を毀損されたと主張する原告が、被告らに対し不法行為に基づく損害賠償請求として慰謝料の支払を求めた事案である。

二  前提事実等(以下は、争いのない事実及び証拠(各認定事実の末尾に掲記)により容易に認定できる事実である。)

1 当事者

(一) 原告は、埼玉県上福岡市に居住し、平成二年四月から同七年七月まで財団法人乙山に、その後平成八年五月から現在まで東京都新宿区内の職業訓練法人に団体職員として勤務しているものである。

(二) 被告埼玉新聞社は、日刊新聞の発行等を目的とする株式会社であって、「埼玉新聞」の名称を付した日刊新聞を発行している。

(三) 被告新潮社は、書籍及び雑誌の出版等を目的とする株式会社であって、「週刊新潮」の名称を付した週刊誌を出版している。

2 原告の逮捕等

(一) 埼玉県警察と川越警察署は、平成七年七月一七日、原告が保険金を得る目的で故意に交通事故を起こし、保険会社から慰謝料等の保険金合計七三万一三六二円を騙し取った容疑で原告を逮捕した。

(二) 埼玉県警察交通指導課及び川越警察署は、同月一八日右の件について報道機関に対する警察発表を行い「ひっかけ偽装交通事故による保険金詐欺事件の検挙について」「乙山職員逮捕・自宅等一斉捜索」と題する発表文を配布しそれに関する口頭説明を行うとともに原告の顔写真を提供した。

右発表文の「逮捕事実の要旨」欄には「被疑者は、故意に交通事故を引き起こして不慮の交通事故であるよう装って保険金を騙し取ろうと企て、平成四年一一月一八日午後四時三五分ころ、上福岡市上福岡一丁目二番二五号付近道路において、左方道路から後退してきて進路前方に停車した女性Aさん(五四歳)運転の普通乗用自動車を認め、そのまま進行して同車の左側面後部に自車左前部を故意に衝突させ、真実の交通事故のごとく装い、平成四年一一月三〇日同人が自動車損害保険会社との間で締結している自家用自動車総合保険契約に基づく治療費、慰謝料、通院費、自動車の修理費名下に支払いを受けたのをはじめ、保険会社数社等から総額七三万一三六二円を騙取したものである。」との記載があり、同「捜査の概要」欄中の「その他」の欄には「内偵捜査により、昭和六〇年八月から平成七年二月までの間の約一〇年間に、埼玉県四市、東京都三区で合計二六件の交通事故に関与していること等からこれらの交通事故が偽装交通事故作出による保険金詐欺事件との関連性について解明していく方針である。」と記載されていた。また、同警察発表において、発表文記載の二六件の交通事故で原告が保険会社から受け取った金額は幾らくらいになるのかとの質問に対して口頭で「概ね二千万円を越える」、「数千万円」との説明があった。

(三) ところで、原告は、逮捕時から一貫してその容疑を否認していたが、その後、平成七年八月二五日、原告が、平成四年から同六年にかけて衝突事故を起こしたことを利用して保険会社等に不正請求したことなどの事実に対する詐欺罪等で起訴された。

同八年四月八日、原告に対し、右起訴事実である詐欺、有印私文書偽造、同行使、私印不正使用被告事件について有罪の判決が言い渡され、同月二三日、同判決は確定した。同判決において認定された詐欺事件における騙取金額は、合計二五〇万七三四二円であったが、その補足説明において、「三 3……最終通院日から三日後に本件交通事故にあっているほか、昭和六〇年ころから平成七年にかけて実に二〇回以上交通事故の被害に遭い、その都度受傷したとして、通院治療を受けて、保険金社等から多数回にわたり、多額の保険金等を受領していることが認められる。4 右の各事実に照らすと、被告人には、何らかの作為、意図があって本件交通事故の被害にあったものと疑われてもやむを得ない事情があり、被告人が右事故で真実負傷したとは到底認められず、……。」などと認定された。

3 本件記事の掲載等

(一) 被告埼玉新聞社は、前記警察発表に基づいて、その発行する埼玉新聞の平成七年七月一九日付け第一九面(社会面)に、別紙一のとおり上段から四段抜きで「ひっかけ偽装交通事故」で、「保険金だまし取る」「上福岡の団体職員逮捕」「十年間で数千万円」との見出しを付けて、原告の顔写真とともに、原告が「通称ひっかけ交通事故」と呼ばれる手法で故意に起こした交通事故で被害者になりすまして保険会社から慰謝料を騙し取っていた容疑で逮捕された旨の記事(以下「本件記事」という。)を掲載してその全販売区域に頒布した。

(二) 被告新潮社は、平成七年七月二八日ころ、その発行する週刊新潮の八月三日号一一八頁に、別紙二のとおり「新聞閲覧室」と題して、埼玉新聞の平成七年七月一九日付け第一九面(社会面)に掲載された、原告が「通称ひっかけ交通事故」と呼ばれる手法で故意に起こした交通事故で被害者になりすまして保険会社から慰謝料を騙し取っていた容疑で逮捕された旨の記事を引用し、「偽装交通事故で大金を詐取した男」「自分の車を故意に衝突させ、この十年間に二十六件、総額数千万円の保険金を詐取していた若い団体職員が逮捕された。彼は悪事のアルバイトに精出して毎年少ない年で百七十日、多い年で二百日もの病院通いをして稼いでいたという。よくもまあ十年間も……。」とのコメントを付した記事(以下「本件新潮記事」という。)を掲載した。

三  争点及びこれに対する当事者の主張

1 被告埼玉新聞社は、犯罪報道である本件記事が、また、被告新潮社は、埼玉新聞社の本件記事を引用した本件新潮記事が、いずれも原告の名誉を毀損するものであることは認めるが、本件記事は、公共の利害に関する事実に係り、もっぱら法益を図る目的に出たものであって、本件記事に摘示された事実は真実であり、または、少なくともその重要な部分について真実である。仮にそうでなくても、右事実が真実であると信ずるについて相当の理由があるから、被告らに不法行為は成立しない旨主張し、原告は、本件記事及び本件新潮記事についていわゆる真実性の証明があることについては争わないが、被告埼玉新聞社には本件記事に関し、被告新潮社には本件新潮記事に関し、いずれも「表現上の過失」があるから、被告らには、原告に対する名誉毀損の不法行為が成立する旨主張する。

したがって、本件の争点は、本件記事及び本件新潮記事についていわゆる真実性の証明があっても、なお被告らに、原告の主張する「表現上の過失」が認められ、不法行為が成立するかである。

そして、原告の主張する「表現上の過失」に関する各当事者の主張は次のようなものである。

2 原告の主張

(一) (甲事件―被告埼玉新聞社に対し)

新聞が、他人の犯罪容疑に関する事実を報道する場合には、それがあくまでも嫌疑にとどまるものであることに留意し、その者がある犯罪を犯したことで容疑を受けているということを記述するに止まるべきであり、それを越えて、その者が犯人であると主張若しくは断定したり、更に一般読者の普通の注意と読み方を基準として、一般読者に対し、そのような印象を与える記述は、報道における迅速性の要求を理由としても許されないというべきである。

そして、新聞記事の通常の読者は、記事の大きさや見出しによって最も強く印象づけられ、その記事全体の文意を把握するのが通例であるから、見出しの取り扱いには特に配慮し、いやしくも読者に断定的な印象を与えてはならないものであるところ、本件記事の見出しは、上福岡の団体職員である原告が、ひっかけ交通事故で、一〇年間で数千万円の保険金を騙し取ったとの事実を簡潔かつ断定的に表現している。これは、本文の記事とはかけ離れた誇大な見出しであり、この見出しが、本件記事全体をして、一般読者に対し、原告が一〇年間で数千万円を騙し取ったとの断定的事実を報道するものであるとの印象を与えている。

また、本件記事本文一文中には、「だまし取っていた男」との表現があるが、この表現には、原告が捜査機関に詐欺容疑で逮捕されたという客観的事実の限度を越え、原告が犯人であるとの断定的事実を前提とした記者の主観が端的に表現されているし、本文第五段落では、県警のこれまでの調べではと前置きしながらも、犯行が真実であることを推測させるような事情を断定的に記述し、その一方で、原告が逮捕事実について否認していることについてはその旨を記載していない。

更に、これらの本文と見出しに加え、紙面には、原告の顔写真が掲載されており、右顔写真の掲載には、原告が犯人であることを断定する記者の主観的判断が含まれている。

これを要するに、本件記事は、見出しに大きな問題があり、その結果、記事全体として、一般読者に対し、原告が一〇年間で数千万円をだまし取ったとの断定的事実を報道するものであるとの印象を与えており、したがって、被告埼玉新聞社には、「表現上の過失」がある。

(二) (乙事件―被告新潮社に対し)

本件新潮記事は、埼玉新聞社の本件記事をそのまま引用したうえで、原告を「偽装交通事故で大金を詐取した男」「自分の車を故意に衝突させ、この十年間に二十六件、総額数千万円の保険金を詐取していた若い団体職員」と断定し、さらに、「彼は悪事のアルバイトに精出して毎年少ない年で百七十日、多い年で二百日もの病院通いをして稼いでいたという。よくもまあ十年間も……。」として、原告の行為が「悪事のアルバイト」であるとの記者の主観的判断を下している。

要するに、本件新潮記事は、読者の興味をひくように、埼玉新聞社の記事の内容を断定的なものとして受け入れ、おもしろおかしく要約しているのである。本件新潮記事の掲載された週刊新潮が発行された平成七年七月二八日は、原告が逮捕されてから一〇日目であるから、未だ捜査段階にあり、原告が逮捕容疑を否認して争っている時期であった。そのような状況において、本件新潮記事のような興味本位の断定的記事を書くことが許されるはずがない。

本件新潮記事が、一般読者に対し、原告が一〇年間で数千万円を騙し取ったとの断定的事実を報道するものであるとの印象を与えること明らかであり、そこには「表現上の過失」がある。

(三) (甲・乙事件―原告の損害)

原告は本件記事及び本件新潮記事により、その人格に対する社会的評価を著しく傷つけられ、その影響は親、兄弟にも及んでおり、これによって原告の被った精神的損害は測り知れないものがある。右精神的損害に対する慰謝料は、各被告につきそれぞれ二〇〇万円が相当である。

3 被告埼玉新聞社の主張

そもそも、新聞・放送等の報道機関には、仮に捜査が開始されていなくとも、取材により犯罪事実が存在すると信ずるに足る資料を入手したときは、これを報道する自由を有しているのであって、真実であれば断定的表現も許容される。もちろん、その場合、真実性や真実と信ずるに足る事由の証明につき責任を負うことは当然である。本件記事は、警察の公式発表を要約したものにすぎず、新聞社側の主観は一切加わっていない。本件記事の見出しは、「団体職員逮捕」と記載して逮捕事件に関する記事であることを明らかにしたうえで、逮捕容疑事実と捜査状況に関する本文を要約したものにすぎず、記者の主観を表現したものではない。本件記事が、見出しと本文を通読すれば、逮捕の事実とその容疑内容、余罪についての捜査当局の調べの状況を客観的に報道したものであることは、一般人にも容易に理解できるものとなっている。原告自身が真実性を認めている警察発表事実を「一般人の常識」をもってみれば、警察の指摘するように原告がこれらの金員を詐取したと疑われてもやむを得ないところである。しかも金額は「二千万円をこえる」ということであったから(被告埼玉新聞社のその後の調査によれば、結局捜査終了時点では、三四六六万〇六九四円であった。)「数千万円」という要約は、本文を超えた誇大な表現ということにはならない。なお、埼玉新聞は、埼玉県を主要なエリアとする報道企業であるから、本事件については県内ニュースとしてこれを重視し、他の全国紙が地方版の限られた紙面で小さく取り上げたのと違い、比較的詳細な記事として掲載し、それに応じて見出しも他紙よりも大きくなったものであるが、原告に対し特段の悪意をもって報道したものではない。原告は、本文中の「だましとった男」という文言をとらえ、原告を犯人と断定した表現である旨主張するが、このように文章の一部を前後の文脈から切り離してその文意を評価することは正しくない。前後の文脈からみて、この記載が逮捕容疑を指すものであり、犯人と断定する趣旨でないことは明らかである。また、否認している事実を記載するか否かは報道機関の裁量に属する。更に、顔写真の掲載は、新聞の犯罪報道における慣行の範囲内のことであり、しかも、本件では警察が正式発表と同時に報道機関側に提供したものを掲載したのであって、違法と非難されるいわれはない。

4 被告新潮社の主張

原告が主張する「表現上の過失」とは、記事や見出しにおける一定の表現に行き過ぎがあり、表現として妥当でないと判断される場合をいう。すなわち、「表現上の過失」とは、「Aの事実がないにもかかわらず当該表現を一般人の普通の注意と読み方を基準に判断するとAの事実があったかの如き印象を与える」場合を言い、その場合には名誉毀損が成立するというものであって、当該表現から受ける印象の事実につき、真実性の証明がない、あるいは真実と信ずるに足りる相当の理由がない場合をいうのである。

そして、原告の主張によれば、原告が名誉を毀損されたと主張する本件新潮記事は、「偽装交通事故で大金を詐取した男」「自分の車を故意に衝突させ、この十年間に二十六件、総額数千万円の保険金を詐取していた若い団体職員」「彼は悪事のアルバイトに精出して、……稼いでいたという。よくもまあ十年間も……。」なる部分である。

しかしながら、右各記載は真実であり、原告も記事内容の真実性を争っていない。

そうだとすると、右各記述が一般読者に対し、原告が一〇年間で数千万円を騙し取ったとの印象を与えるものであったとしても、かかる事実が真実である以上、表現上の過失を問題とすべき事案ではない。

なお、「悪事のアルバイト」なる表現は、被告新潮社の評価が加わったものであるが、団体職員が保険金詐欺を続けて数千万円の金銭を得ることを「悪事のアルバイト」と評価することは、生業を持つ者が長年にわたって多額の保険金詐欺をしていたという行為態様からして何ら誇大というべきものではない。また、「悪事」「アルバイト」という言葉も、悪趣味な表現・単語と評価されるようなものではない。また、保険金詐欺を一〇年間も続けていたということは驚くべきことであるから「よくもまあ十年間も……。」と呆れるのが通常である。このような記載表現をしたからといって何ら興味本位に堕したといえるようなものではない。

更に、原告は、本件新潮記事が断定的であるとして問題としているようであるが、当該記事の内容または当該表現から一般読者が受ける印象が真実であれば、断定的な表現も許される。そこで、記載の内容または表現から受ける印象が本文の内容と背理するなどの事情がない以上、本文記事の真実性を認めながら、断定的であることを理由としての名誉毀損の主張は妥当でない。

以上のとおりであるから被告新潮社には「表現上の過失」はない。

第三  争点に対する判断

一  (甲事件について)

1 まず、被告埼玉新聞社の本件記事(被告新潮社の本件新潮記事において引用する本件記事も含む。)が一般読者の普通の注意と読み方を基準としてどのような印象を与える記述であるかを検討する。

2 前記前提事実等及び《証拠略》によれば、本件記事は、別紙一のとおり上段から四段抜きで「ひっかけ偽装交通事故で」「保険金だまし取る」「上福岡の団体職員逮捕」「一〇年間で数千万円」との見出しを掲げ、いわゆるリード部分につづいて「調べで甲野容疑者は」と前置きしたうえで、本件逮捕容疑の詳細等を記述し、更に県警交通指導課と川越署が市町村災害共済や損害保険会社からの情報により内偵捜査していたこと、「県警のこれまでの調べで、」と前置きしたうえで、原告が「昭和六〇年八月から平成七年二月までの間に、」「計二六件の交通事故に関与、保険会社から受け取った慰謝料などの金は二千万円を超えていたことが分かっており、同署は詐欺事件との関連性について追及している。いずれも出会い頭、追突などで、事故発生当初は物損事故として警察に届け、後で首が痛いなどと訴えて人身事故に切り替える手続きをしていた。少ない年で一七〇日、多い年で二〇〇日以上も病院に通院していた。」などと記述されている。

3 そこで、本件記事の見出し部分のみを取り出してみれば、たしかに、原告がひっかけ交通事故で保険金詐欺をして逮捕された犯人であって、一〇年間に数千万円の保険金をだまし取っていたとの印象を一般読者に与えるものであることは否定できない。

しかしながら、一般に、見出しは、読者に対して記事を分かりやすく読んでもらうために限られた字数の中で当該記事のポイントを示したものであり、見出しと記事とは一体として考えるべきものであるから、記事本文に対する読者の理解を誤らせることのない範囲内であれば、ある程度の省略や誇張があることもやむを得ないものと言うべきである。

そして、本件記事の本文を見れば、埼玉県警と川越警察署が原告を詐欺容疑で逮捕したこと、原告の詐欺容疑の態様は通称「ひっかけ交通事故」と呼ばれる手法で故意に起こした交通事故で被害者になりすまして保険会社から慰謝料などをだまし取るというものであること、原告は、これまでの一〇年間で二六件の類似の交通事故で被害者として関係し、これまでに数千万円の保険金を受け取っており、県警は、これらがほとんど偽装事故だった疑いがあるとみて調べていることなどを記述しているものであることは明らかであり、右の事実は、そのリード部分に「だまし取っていた男」との記述部分があるからといってことさらに主観的または断定的な記述であるとは認められない。

更に、《証拠略》によれば、本件記事掲載当時社会部長兼社会部デスクとして主に社会面のデスク業務に従事していた証人岸は、本社に到着した本件記事の原稿と警察の発表文書とを付き合わせて検討し、担当者に問い合わせをしたうえ若干の加筆、訂正を行って本件記事を整理部へ出稿したこと、同証人は、警察発表の内容から判断して、本件事件は客観的な事実関係について捜査も進んでおり、捜査対象に対しても外形的な事実は明確になっているので合理的な疑いを入れる余地はないものと考え、また、同事件は、「ひっかけ交通事故」という名称、一年に一七〇日から二〇〇日の通院日数、一般市民を巻込んでいること及び金額が大きいことなどの点で特異な事件であり、逮捕事実だけではなく、捜査対象になっている事実自体に大きなニュース価値があると判断したこと、同証人は、右の検討、判断に基づいて本件記事を整理し、本件記事のポイントとして前記のような見出しをつけたものであること、被告埼玉新聞社は、埼玉県を主要なエリアとする報道企業であるから本件事件については県内ニュースとしてこれを重視し、他の全国紙が地方版の限られた紙面で小さく取り上げたのと違い、社会面準トップの比較的詳細な記事として掲載したため、それに応じて見出しも他紙よりも大きくなったものであることなどの事実が認められる。

以上の事実を総合すると、本件記事全体としては、原告の逮捕事実及び逮捕にかかる容疑の内容並びに捜査対象とその捜査状況等の事実を警察発表の範囲内で記述したものというべきであって、ことさらに被告埼玉新聞社の主観を加えて原告が犯人であると断定したり、原告が犯人であることを強調したものであるとは認められない。このことは、本件記事において、原告が否認している事実を記載していないこと及び原告の顔写真を掲載していることによって左右されるものでもない。更に、その見出しについても、本件記事本文の内容とかけ離れた虚偽または誇大な表現であるとは認められない。

4 また、仮に、本件記事が原告を犯人であると断定した印象を一般読者に与える記述であったとしても、右記載内容が真実であることまたは少なくとも右記載内容の重要な部分について真実であること若しくは真実と信ずる相当の理由があることについては当事者間に争いがないのである。

そうであれば、前記のとおり本件記事本文の記述はもとより、その見出しについても右真実性の証明によって免責されるべき範囲を超えて虚偽または誇大な表現があるものとは認められない本件においては、いずれにしても被告埼玉新聞社の被雇者である本件記事の作成担当者または出稿担当者、ひいてはその使用者である被告埼玉新聞社に表現上の過失があるものとは認められないというべきである。

二  (乙事件について)

1 前記前提事実等及び《証拠略》によれば、本件新潮記事は、被告新潮社発行の週刊誌である週刊新潮の新聞閲覧室なるコラムにおいて、「偽装交通事故で大金を詐取した男」との見出しをつけ、「自分の車を故意に衝突させ、この十年間に二六件、総額数千万円の保険金を詐取していた若い団体職員が逮捕された。彼は悪事のアルバイトに精出して毎年少ない年で百七十日、多い年で二百日もの病院通いをして稼いでいたという。よくもまあ十年間も……。」とのコメントを付したリード文を掲載したうえ「埼玉新聞」と題して被告埼玉新聞社の本件記事本文を引用している。

2 右の見出しは、それだけを取り出してみれば、たしかに、原告が大金を詐取した犯人であるとの印象を一般読者に与えるものであると認められる。

また、本件新潮記事におけるリード部分は、本件記事本文に記述されている捜査対象について、むしろこれが本件逮捕容疑であるかのような印象を与える記述となっているというべきであるし、リード部分に付されたコメントには、被告新潮社の評価が加わっている。

ところで、右コメント部分は、生業を持つ者が十年もの間、多数回の病院通いをして保険金を詐取していたことに対する感想を記載したものと認められるところ、右の事実に対する感想としては特に不適当或いは不穏当な評価であるとは解されないが、そもそも、右コメントは、本件記事本文の捜査対象部分の記述を原告の行った詐欺行為として前提する形で記載されているから、その意味では必ずしも本件記事本文の記述を正当に論評しているものとは言い難い面がある。

しかしながら、前記のとおり、本件新潮記事についても、その真実性については当事者間に争いがなく、また、既に、判示のとおり、見出しやリード部分は、本文の記述と相俟って全体として一つの記事を構成しているものであるから、これらを一体として考えるべきものであると解されるところ、本件新潮記事の見出し及びリード部分並びにコメント部分の各記載が、本件新潮記事全体に対する真実性の証明により被告新潮社が免責を受け得る範囲を超えて虚偽、誇大若しくはことさらに悪趣味な表現をしたものであるとは認められない。

したがって、被告新潮社についても、本件新潮記事に関し表現上の過失があるものとは認められない。

三  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告埼玉新聞社及び被告新潮社に対する本訴請求はいずれも理由がない。

(裁判官 松原里美)

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